立教大学 GUIDE BOOK 2023
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言語習得の壁となっているものを自身の経験をもとに探り出す063 グローバル化が進んだ今、語学を駆使し、国境を越えて活躍する人材がこれまで以上に求められています。国際公用語である英語の重要性が高まっているのはもちろんのこと、複数の言語を操って英語圏以外の国の人々とも円滑なコミュニケーションが取れるマルチリンガルな人材が活躍する時代になっているのです。外国語教育研究センターの松本旬子准教授は、世界で4番目に話者数が多いスペイン語の研究に取り組み、日本の国際化に貢献しようとしています。「私の研究テーマは、日本語を母語とする人を対象としたスペイン語教育について。スペイン語は日本語と同様に母音が5つで発音はローマ字読みに近いため、日本語話者にとっては比較的習得しやすい言語といわれています。しかし、日常のコミュニケーションが取れるレベルまで達する人は多くなく、専攻語として勉強しても流ちょうに操れる人が少ないことを疑問に思っていました」 松本先生がスペイン語に興味をもったきっかけは、自身の留学経験にありました。「高校生の頃に南米のボリビアに1年間滞在しました。日常会話レベルには到達できたと思っていたのですが、帰国後にスペインのニュース番組を見た時に大きな衝撃を受けました。一言も理解できなかったのです。また、ある時アルゼンチンから来日したスポーツチームの通訳を担当したのですが、私が話すスペイン語は通じても、相手が何を言っているかわかりませんでした。こうした経験から、同じスペイン語でも話者の出身地によっては同じ言語とは思えないほどの違いがあることを実感し、スペイン語の音声に強い関心を抱くようになりました」 当初、松本先生は、スペイン語の聞き取りが困難な理由は物理的なインプット不足とイントネーションの獲得を目標とした反復練習の欠如にあると考え、自然な発話を身につけつつ文法や語彙も学習できるように映画を使った教育の研究に取り組んでいました。そんな中、スペイン語学習者として自身が頻繁に起こしてしまうミスが、音声と関連していることに気づきます。 スペイン語の「x」がどのように発音されているのかという点に関心を寄せているという松本先生は、昨今「コーパス」を活用した研究に着手しました。コーパスとは、テキストや音声のデータを大量に集積し、各単語に品詞などの言語情報を与えたデータベースのことで、言語学やコンピュータによる自然言語処理の分野で使われています。「これまで発音の音声データを得るには、ネイティブスピーカーを招いて防音室で録音する必要があ「博士課程在学中は、(博士課程を意味する)『doctorado』という語を書く機会が多かったのですが、母音のoの有無がわからなくなり『doctrado』と抜かして書いてしまうことがありました。スペイン語はほぼ発音のとおりにつづるのにもかかわらず、いつも同じ箇所で戸惑うのは、きちんと音を聞き取れていない上に、つづりを意識して発音していないことに原因があるのではないかと考えたのです」 英語教育の分野で、日本語母語話者が子音連続を発音する際に子音間に母音を挿入してしまうのはよく知られたエラーです。スペイン語でも同じような現象は指摘されていました。しかし、松本先生は、日本語母語話者がスペイン語を発音する場合はその逆のエラー、すなわち、あるべき母音をきちんと発音せず省略してしまうことがあるのではないか、それがつづりの誤りにつながっているのではないかと考察しました。「研究をとおして、その予測が間違っていないことがある程度明らかになったため、現在は発音に関して無意識の部分を意識させる教育方法を検討しています。それにより、リスニング能力が向上するだけでなく、よりスペイン語らしい発音の獲得にもつながると確信しています」り、少々手間がかかっていました。コーパスを使えば膨大なデータの中から検索するだけで簡単に聞きたい単語の音声にたどりつくことができます。思い立ったらすぐに分析を始められるため、研究する上で非常に有用なツールです」 技術の進歩によって研究のバリエーションが広がりましたが、「コーパスに頼り切るわけにはいかない」とも語る松本先生。「私が今研究で使用しているコーパスに収録されている音声の多くは、ニュース番組や討論番組のデータで、純粋な日常会話ではありません。教育的な観点でいえば、そうした正確な発話は有用ではありますが、言語の地域差などを社会的な観点から分析するのにはあまり適していません。しかし、今後スペイン語圏の幅広い日常会話も収録されるようになれば、私が最初に疑問をもった地域ごとの発音の特性についても研究を進められるようになると期待しています」 近い将来、スペイン語がこれまで以上に重要な言語になることは間違いないと松本先生はいいます。「アメリカではヒスパニック系の移民が増加しており、スペイン語話者は約5,500万人とすでにスペインの人口を超えています。2050年には1億3,200万人に達するといわれており、アメリカの主要言語になる可能性があるのです」 これからのグローバル社会を見据えて、英語以外の外国語を身につけておくことは、情報化社会において大きなメリットがあるとも松本先生は主張します。「インターネットをとおして、世界中の膨大な情報に触れられるようになりましたが、日本語だけしか理解できないと、そのうちのごく一部の情報しか得られません。英語を理解できたとしても、その情報は英語圏(の地域)に偏重したものになっているかもしれない。そこでもう1つの言語を身につけることができれば、より広い視野で多くのソースに当たることができます。学生の皆さんには、そうした視点を大切にスペイン語を学んで欲しいと考えています」言語を細かく分解し効果的な言語習得の方法を探るコーパスの活用により発音の研究が進展スペイン語を学ぶことでより多くの情報に触れられる

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