人間の動きを分析して見える複雑な身体構造の仕組み061「小学校から大学までサッカーをはじめとしたスポーツに親しんでいたことから、スポーツをしている時の身体の動きに関心を抱いていました。現在の研究に取り組むきっかけとなったのは、『史上最高のサッカー選手』ともいわれているディエゴ・マラドーナが、自身のサッカー論を語った『マラドーナのスーパーサッカー』という1冊の本です。子どもの頃に繰り返し読んでいた本だったのですが、そこに『足のスイートスポットで捉えるキックが有効だ』と書かれていたのです。野球のバットやテニスのラケットのみならず、身体にもスイートスポットがあることに大きな衝撃を受けました」 複雑な人間の身体をバットやラケットと同じような物体として扱うという考え方を知り、「ハッとした」と話す石井先生。リサーチを進めると、スポーツバイオメカニクスの分野にたどり着いたといいます。 東京2020オリンピック・パラリンピックでは、トップアスリートたちが数々の素晴らしいパフォーマンスを披露しました。彼らの並外れた運動能力は一体どのようにして生み出されるのでしょうか? その秘密が明らかになれば、さらなる競技力の向上が期待でき、よりハイレベルなパフォーマンスが見られるようになるかもしれません。身体動作の仕組みについて、バイオメカニクスの手法を用いた研究を行っているのが、コミュニティ福祉学部スポーツウエルネス学科の石井秀幸准教授です。 従来のスポーツバイオメカニクスの研究では、ハイスピードカメラや光学式モーションキャプチャシステムにより身体動作を撮影して位置座標を取得し、速度・加速度・角度・関節トルクなどを分析する手法が一般的です。しかし、有限要素解析によってモデル化されたキック時の足部とボールの接触状態石井先生は、航空機や建築といった構造力学の分野で発達した手法である「有限要素解析」を取り入れ、新たなアプローチから身体で起こる力学現象を明らかにしようと試みています。「有限要素解析は、物体の形状・材料特性・摩擦・荷重などを考慮してコンピュータ上でモデル化し、全体の挙動をシミュレーションする手法です。これによって、身体を動かした時に、どの部位にどの程度の負荷がかかるのかを詳細に解析することができるのです」 石井先生はこの手法を用いて、サッカーシューズのアッパーがカーブキックにおけるボール挙動に及ぼす影響を調べました。現在、多くのスポーツメーカーがボールに回転をかけやすくするため、シューズのインパクト位置にさまざまな素材や形状のパーツを取りつけています。それらがキック時にどのような効果を生み出すのか、定量的な分析を行ったのです。「まずシューズとサッカーボールの形状・材料特性などを考慮した有限要素モデルを作成し、実際にシューズを履いた人間がボールをカーブキックする際の挙動と比較することで、妥当性を確認しました。妥当性を検証したモデルを用い、アッパーの材質を変化させてシミュレーションしたのです。すると意外な結果が出ました。インパクト中に、シューズはボールに深くめり込んでロックされた状態になるため、アッパーの材質を滑りにくくしても、ボールの回転に影響を与えなかったのです」 このように、予想だにしなかった事実を明らかにできるのも、有限要素解析を使った研究の面白さの1つ。結果をまとめた論文は、学術雑誌『Scientific Reports』に掲載されるという成果に結びつきましたが、石井先生はさらなる高みを目指しています。「同様の手法で異なる切り口の研究を行うことも考えましたが、より難易度が高く、時間を要する研究にあえて挑戦しました。研究業績は停滞するかもしれませんが、高度な研究を行える研究者を目指したいと思ったからです。現在、新たに取り組んでいるのは、接地中の足部内部で生じる力学現象についての研究です。ボールをキックする動きの場合、蹴り足は宙に浮いているため、地面から足にかかる力を考慮する必要はありません。しかし、接地すると地面から力学的影響を受け、足は複雑な挙動を示します。そこで、骨・■・靭帯・軟部組織など、足部を構成するさまざまな組織のパラメーターを考慮した有限要素モデルを構築し、その挙動を解析できるようにすることを目指しています」 この研究により足部の動きを精度よくシミュレーションできれば、走行や着地といった動作を詳細に検討して、けがの予防やアスリートのパフォーマンス向上につなげることが可能になります。そればかりか、高齢者やしょうがいをもつ人など、あらゆる人々のウエルネス向上に寄与する成果が得られるはずだと石井先生は語ります。 そんな石井先生の下、難易度の高い手部の挙動に関する研究を行っている学生もいます。「指導においては学生の主体性を尊重しますが、研究はアカデミックであることも重要視しています。学生のユニークな発想を尊重しつつ、正確に計測や分析を行える高度な知識や技術が必要な研究内容とすることを心がけています」 石井先生は医学分野とのコラボレーションも積極的に行っており、医学系研究者と協働で、膝靭帯のけがのメカニズム解明や、成長期の少年に多く見られる膝関節の疾患、オスグッド病の発症予防の研究に取り組んでいます。「これからも、スポーツだけでなく『健康の維持・増進』『人間生活の維持・向上』に貢献すべく、バイオメカニクスの技術を生かしていきたいと考えています」身体を物体として捉えるバイオメカニクスの分野有限要素解析を用いた独自の手法でスポーツを力学的に分析詳細なシミュレーションモデルを構築し人々のウエルネスに貢献する
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