地域の文化や景観を観る・観せるという観光の原点を今こそ見つめ直すべき059 新型コロナウイルス感染症の拡大により大きなダメージを受けた観光業界ですが、実は以前から全国の観光地ではさまざまな問題が浮上していました。観光客の急増により地域住民の生活や自然環境に悪影響を与えるオーバーツーリズム、それとは逆に観光客が減少したことによる地域の衰退。本来、観光は地域を経済的に潤し、観光客の心を豊かにするものであるはずですが、負の影響を及ぼしている面もあるのです。観光学部観光学科の西川亮准教授は、そうした現状を危惧し、都市計画やまちづくりのアプローチから問題の解決を図っています。「学生時代、歴史的町並みを生かしたまちづくりに携わり、歴史的環境保全と観光の両立について検討してきました。その後、民間の観光コンサルタントとして現場で経験を積んでいた時に大きな衝撃を受けました。町並み以外の要素を観光資源とする温泉地や海浜リゾート、スキーリゾートでは、都市計画的な空間のコントロールがあまりにも機能していなかったのです。都市工学を専攻していた私にとっては驚くべきことでした。それがきっかけとなり、観光と都市計画の関係性について研究を始めました」 観光地を訪れた時にこんな経験をしたことはないでしょうか? 温泉街をゆっくり散歩したいのに交通量が多くて危険を感じる。あるいは美しい自然景観を大きな宿泊施設が乱している。そうした問題を解決するために、まずは歴史的背景を探るところから始める必要があると西川先生は説明します。「観光という行為・活動は必ず地域で行われるものですから、都市計画と観光は近い距離にあるはずです。しかし、都市計画は一般的な市街地を対象としてきたため、観光に関与することはほとんどありませんでした。その結果、日本の観光地は土地利用の混沌、ゼミで作成したまち歩きマップやリーフレット歩行者と自動車交通の混在、民間事業者による自由な開発とそれによる景観上の問題といった多くの課題を有してきているのです。私は、都市計画と観光政策双方の発展の経緯や実際の観光地における都市計画の展開を、歴史的観点から研究してきました」 西川先生は研究対象となる地域の図書館や資料館に足を運び、大正時代から昭和前期頃までの新聞や議事録を徹底的にリサーチします。そうして、どのような都市計画行政が行われ、地域が形作られてきたのか、経緯を細かくひも解くことで、過去の反省や努力に知見を見いだし、将来あるべき姿のヒントを探っていくのです。 都市工学の研究者である西川先生は、社会課題の解決に貢献できるような研究が必要だと力説します。「人文学的な色が強い観光学では、現象そのものの解明に重きが置かれていますが、都市工学は都市が抱える問題を解決し、より豊かな生活を送ることができる都市空間間を生み出したいと考えています」 そうした考えの下、西川先生は数々のプロジェクトに取り組んでいます。埼玉県小川町で地域の方々と共に行っている観光まちづくりもその一例です。小川町では1300年前から手漉き和紙の生産が行われており、原料にこうぞ楮という植物を使った細川紙がユネスコの無形文化遺産にも登録されました。観光客は紙漉きを通じて和紙技術に触れることはできますが、紙漉きに至るまでの工程も含めて地域の個性が詰まっていると西川先生はいいます。「例えば、楮の成長を管理するために、夏に『芽掻き』という作業が必要です。そのような作業工程についても観光客に伝えたいと考えました。また、原料の楮は樹皮だけが紙作りに使われて芯の部分は廃棄されますが、それを照明器具の部材として再利用するなど、地域資源を徹底的に活用する方法を検討しました。そして製造工程を詳しく伝えるオンラインツアーを開催しまを創出するための学問領域です。私は都市工学の視点から観光を捉え、観光地が抱える課題を解決し、さらに、地域の個性を生かしてより豊かな観光地空ゼミ活動(川越まちあるき)での様子した。今後は、和紙に関わる歴史的建造物の保全・活用策なども考えたいと思っています。このように、ハード・ソフトの両面から地域の魅力を発掘し、伝える方法を探り、実践することを大切にしています」 コロナ禍により移動が制限されたことで観光のあり方は大きく変わりました。しかし、西川先生はただ短期的な変化と捉えるのではなく、そこから見えてきたことを今後の観光まちづくりに役立てようというポジティブな姿勢で研究に臨んでいます。「コロナ禍以前は、外国人観光客が押し寄せ経済的に潤った一方で、オーバーツーリズムの問題を抱える地域もありました。そのどちらもが、コロナ禍で一気にゼロになってしまった。全てがリセットされたことで、観光を生業とする人、観光地に暮らす人、そして観光客、誰もが観光というものを問い直すきっかけになったと思います。そもそも観光は、地域の素晴らしい文化や景観などを観せるものです。今こそその原点を見つめ直すことが大切なのではないでしょうか」 コロナ禍は学生の研究にも影響を与えました。従来、積極的に行っていたフィールドワークが満足に実施できない中、特殊な状況だからこそできること、考えられることがあると西川先生はいいます。「学生とは、居住地近隣を楽しむ『日常空間の観光』について議論を深めました。日常空間を観光客として体験することで、得られる効果があると考えたのです。例えば、自治体の観光政策に興味をもつ市民は少ないですが、観光客の視点で地域を見ることで関心が高まる可能性があります。観光もまちづくりも現場を知らずに語ることはできません。学生に対しても、常に現場に深く入るように指導しています。そこで出会った人や出来事は、きっとまちづくりの奥深さを教えてくれるはずですから」観光地の都市計画のあり方を歴史をひも解くことで問い直す地域に変化を促すことが都市工学研究者としての使命コロナ禍を前向きにとらえて新たな研究に取り組む
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