立教大学 GUIDE BOOK 2023
57/194

想像力を働かせてリスクを洗い出し宇宙空間で確実に動く装置を作る057「多くの銀河の中心には巨大なブラックホールが存在しています。ブラックホールの周辺には、飲み込まれつつある物質が渦を巻いて円盤状になっています。そこでは、温度が1億〜10億℃という超高温になっており、水素やヘリウムだけでなく、鉄やアルミといった金属も全てガス状のプラズマとして存在しています。そしてブラックホールに落ち込む瞬間、断末魔のようにエネルギーを解放し、強力電磁波であるX線を放射するのです。そのX線を観測することが、ブラックホールの成り立ちや構造を明らかにする手がかりになると考えています」 高いエネルギーをもったX線は非常に強い透過力がありますが、物体の密度や性質によってどの程度透過するかは大きく異なります。地球の大気もX線を遮る物体の1つ。宇宙から飛来するX線は大気に吸収され、地表には届きません。そのおかげで生物はX線が及ぼすダメージから守られているのですが、ブラックホールを観測する上では大きな妨げになると山田先生は話します。「宇宙から来るX線を観測するには、X線観測装置を人工衛星に搭載し、大気圏外まで運ぶ必要があります。私は現在、JAXA(宇宙航空研究開発機構)が主導しているX線分光撮像衛星(XRISM)プロジェクトに参画し、精密X線分光撮像装置の開発を担当しています」 果てしなく広がる宇宙は人間の好奇心を強くかき立てます。しかし、何万光年と遥か遠く離れた場所に果たして何があり、何が起こっているのか、実際に行って確かめることはできません。それでも人は、科学技術を駆使して、遠い宇宙を「見る」ことを可能にしました。レントゲン検査でも馴染みのあるX線を用いて、宇宙空間で生じるさまざまな現象を研究している理学部物理学科の山田真也准教授には、今、何が見えているのでしょうか。 山田先生が開発している次世代の精密X線分光器は、超伝導転移端検出器(TES:Transition Edge Sensor)というもの。超伝導と常電導が相転移する際に急激に電気抵抗が変化する性質を利用して、物質がX線を吸収した時のわずかな温度変化を感知することにより、従来よりも緻密で正確な測定が可能です。大気圏外での使用を前提に開発を進めてきましたが、地上でも優れた性能を発揮することから、さまざまな応用が期待されています。近年では、素粒子の1種であるミュオンの原子形成過程の解明に寄与するなど、極小の世界を扱う原子核研究の分野でも成果を上げました。 X線はエネルギーの強さによって2種類に分類でき、それぞれ検出方法が異なります。現在、山田先生が研究対象としているのは比較的エネルギーの低い「軟X線」と呼ばれるものですが、学生時代はエネルギーの高い「硬X線」の検出器の開発を行っていました。「硬X線では、非常に強いエネルギーを発する現象を観測できるものの、観測対象が少なかったのです。そこで、データを多く得られ、さまざまな現象を観測できる軟X線の研究にシフトしました。軟X線の検出に用いるTESでは、超伝導を引き起こすために絶対零度に近い温度を作り出す必要があります。その過程で、絶対零度付近では電子が同じ量子状態をとり、古典的な物理描像を超えた不思議な現象が起こります。相対論は宇宙の主役ですが、量子力学との関わりも深いことがこの研究の面白さです」 XRISMプロジェクトでは、精密X線分光器を搭載した人工衛星の打ち上げを2022年度に予定しています。大規模な国際共同プロジェクトであり、大きなやりがいがあると話す山田先生。「人工衛星は1機あたりの開発費が数百億から1千億円にものぼり、完成までに長い時間を要します。打ち上げてしまえば不具合があっても直すことはできません。ですから、設計の落とし穴や考えられるリスクを徹底的に洗い出して、必ず動くものを作り上げないといけない。そのためには、宇宙空間での状態をイメージする想像力が重要です。打ち上げまでは地道な作業を積み重ねることになりますが、宇宙の■に迫る大きな成果を得られるという期待がモチベーションとなっています」 研究の過程で得られた知見は、宇宙研究だけでなく社会に役立てることもできます。例えば、TESは精密な分光により微量元素の検出が行えるため、レアアースの埋蔵量調査の共同研究が進んでおり、超伝導の技術は量子コンピュータへの応用が期待されています。「いずれもすぐに実現できるものではありませんが、5年、10年先の社会に貢献できればという気持ちで研究を続けています。人工衛星の開発期間を考えると、5年、10年は決して遠い未来の話ではありませんから」 根気が必要とされる研究だけに、山田先生は学生の自主性を引き出す指導を心がけています。「私は研究の入り口を指し示すだけで、そこから先は学生が独自にすべきことを見つけるように指導しています。すると、AIを使った深層学習など新しい実験手法を自ら取り入れる学生も出てきます。そうした自由な発想が生まれることが研究には大切なのです」 さらに、山田先生は学生と一緒になって研究に取り組むことも重要視しています。学生と共にソフトウェアを開発したり、衛星開発の現場に足を運んだりと、学生と距離を縮めつつ、最先端の研究に触れてもらうことで知的好奇心を刺激するのです。「宇宙研究で最も大切なのは、日々の小さな努力の積み重ねです。現代は研究速度が速く教員も理解が追いついていない分野が数多くあるので、新しい手法や研究分野をこつこつ突き詰めていけば、その分野のエキスパートになれる可能性もある。そうした自信を学生の皆さんにもってもらえるような指導を続けていきたいと思います」より緻密な観測を可能にする新しいX線観測装置を開発10年先の社会に役立つ研究を自主性から生まれる自由な発想を大切に

元のページ  ../index.html#57

このブックを見る