3デジタル表現やデザインの実践的スキルの習得NTERVEWII124多様な表現を支える工房・設備 私もムサビの油絵学科の卒業生です。当時はまだ「版画コース」と呼ばれていて、イラストレーションの授業はなく、私は木版画を選択しながらイラストレーターを目指していました。卒業後、社会の中で絵を描くクライアントワークの練習と思って制作会社でアルバイトを始め、イラストスクールを経て独立し、書籍や雑誌、広告を主に活動を続けています。 締め切りがあり、クライアントが求めているものに向かって制作するイラストレーションのプロセスは、完成をイメージしてからやるべき作業を決めていく版画表現と共通するところがあると感じます。もちろん、銅版画のように腐食の偶然性を取り入れた表現方法もありますが、木版画なら色数を決めてから版を彫って、と逆算していく考え方ですよね。また、紙に刷るときに絵が“反転”しますから、自分の作品を客観視する時間が何度もある。自分の絵がどう見えるかと考えることは、多くの人の目に触れられるイラストレーションにおいてもとても大切なことです。そういう意味でも、ベーシックな版画技法の習得を学びの起点に位置付けているグラフィックアーツ専攻のカリキュラムは、イラストレーションに限らず、さまざまな表現につなげられる可能性があるはずです。 この春、新設されたGA(グラフィックアーツ)工房には、イラストレーションやブックアートの制作拠点として、活版印刷機や校正機、製本機などの機材や工具、資料を用意しています。授業をはじめ、「芸術祭のために中綴じの本をつくりたい!」というふうに印刷や製本が関わる自主制作にも利用できる空間にしたいと思っています。 みなさんにはぜひ、多様な表現に挑戦できるこの環境を積極的に面白がって、いろいろなものを吸収してほしいです。そのためには自分を一度“素”の状態にすること。やりたいことを探していけば引き出しも増えるし、それが社会に出てから自分をさらに成長させるベースとなります。さまざまな表現ジャンルの仲間とつながる経験も、ムサビにいるあいだに積んでほしいですね。私もみなさんと一緒に、表現の可能性を探っていけることを楽しみにしています。いとう瞳 教授1973年千葉県生まれ。1996年武蔵野美術大学造形学部油絵学科版画コース卒業。パレットクラブスクール受講後、公募展、個展等で作品発表しながら、主に広告、書籍を中心にイラストレーターとして活動。TIS(東京イラストレーターズ・ソサエティ)会員。2023年武蔵野美術大学造形学部油絵学科グラフィックアーツ専攻教授就任。デジタルペインティングやデジタルプリントなど、多様なデジタル表現技術を習得できる演習や、DTP、エディトリアルデザインの授業を開講。デジタル技術を用いた版表現を志向する学生や、イラストレーターやゲームクリエイターなどデザイン系の職種を志望する学生にも応えています。版画技法を起点に追求する表現の可能性1・2年次はグラフィックアーツの基礎となる版画技法を習得し、表現の幅を広げた上で、3年次からは各自の興味に応じた表現の可能性を追求します。ファインアートかデザインか、進路の方向性が絞り切れていなくても、自分の表現の方向性をじっくり見定めることができるカリキュラムです。充実した講師陣による具体的でリアルな指導絵本、イラストレーション、ブックアート、装幀、コンセプトアートなど、デザイン領域にまたがる授業では、第一線で活躍するイラストレーター、絵本作家、ブックデザイナー、コンセプトアーティストらが実践的な指導に当たります。海外の訪問教授によるワークショップの機会もあります。五感で歴史を体感する貴重書からの学び実技演習と並行したグラフィックアーツ専攻独自の授業の1つが、全学年を対象にした「貴重書閲覧」です。武蔵野美術大学美術館・図書館が所蔵する解剖図譜や植物図譜をはじめとした膨大な数の貴重書を教育資源として活用しています。書物における版画の歴史を五感で体感できる機会です。新設されたGA工房は、イラストレーションや絵本、ブックアート関連の実習に対応し、活版印刷機、平圧プレス機、活版校正機、インクジェットプリンター、各種製本機などを常設しています(写真上は活字の拾い組み作業)。また、リソグラフ演習を受講した学生が自由に制作できるリソグラフ・ラボ(写真下)では、リソグラフ印刷機をはじめ作業台や乾燥用ラックなどを完備し、アートブックやZINE制作ができます。2023年4月から油絵学科版画専攻はグラフィックアーツ専攻に名称を変え、アート領域とデザイン領域が多層的に重なり合う新たなカリキュラムをスタートしました。今年度、専任教員に着任したいとう瞳教授は、ムサビの油絵学科で初となる現役イラストレーターの教授で、イラストレーションやブックアート、装幀などデザイン領域にまたがる授業を担当します。これまで版画専攻が設置していた4版種(銅版画・リトグラフ・木版画・シルクスクリーン)の工房に新しくGA(グラフィックアーツ)工房が加わり、多様なグラフィックアーツ表現への展開を図る同専攻。版画とイラスト表現の重なりや、これから始まる学びについて話を聞きました。039INTERVIEW040自分を一度“素”の状態にして成長のための基礎を築いてほしい学びのポイントいとう瞳新教授に聞くグラフィックアーツの学び
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