中央大学 経済学部 2027 GuideBook
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02 Fa cult y of Ec onomic s 2 027 数字で見る経済学部産業経済学科・国際経済学科新設英吉利法律学校(のちの中央大学)創設「経済学科」新設OECD 加盟(1964)欧化政策 下関条約(1895)内閣制度の創設日露戦争終結 ポーツマス条約(1905)経済学科開設と同時期の 1905 年 9 月に落成した創立二十周年記念講堂(上)と、当時の経済学科の課程表(右)1917 年の中央大学広告(左)、1920 年の大学令による設立認可申請(上) 高度経済成長下関条約以降、企業の対外進出・対外貿易が拡大し、大学における経済学の教授が求められるようになりました。その流れは 1905 年のポーツマス条約で加速し、経済学部の前身となる、経済学科が誕生しました。明治維新から18 年、近代国家としての道を歩むも、日本はまだ先進の欧米諸国のような体系化された法典を持たない国でした。そこで法律の学識と教育を求める社会に応えるべく創設されたのがのちの中央大学、英吉利法律学校です。東京オリンピックを契機としたインフラ整備をはじめ、国内経済の高度成長に活気づきました。一方で公害や労働問題など近代化の歪みも表面化し始めたこの時代に、専門性を高める 3 学科制が採られ、長らく教育活動の基幹となりました。学部長メッセージ 経済学部長|後藤 孝夫伝統のその先へ。新学科体制で挑む、正解のない未来。1885 1905 1963

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