■ 詳細はこちら ▶▶▶ P.017学 長 メ ッ セ ー ジ建 学 の 精 神沿 革1942年(昭和17年)に本学が編纂 ・発行した『コンサイス馬來語新辭典』1941年(昭和16年)現在地に興亜専門学校を開設1942年(昭和17年)『コンサイス馬來語新辭典』を編纂・発行1945年(昭和20年)日本経済専門学校と改称1950年(昭和25年)日本経済短期大学に改組1954年(昭和29年)日本経済短期大学附属中国留学生部を開設1955年(昭和30年)亜細亜大学を設置、商学部を開設1958年(昭和33年)交換・派遣留学生制度(AUEP)の前身となる1964年(昭和39年)経済学部経済学科を開設1966年(昭和41年)法学部法律学科を開設1970年(昭和45年)商学部を改組し、経営学部経営学科を開設1989年(平成元年)亜細亜大学アメリカプログラム(AUAP)開始1990年(平成2年)国際関係学部国際関係学科を開設1993年(平成5年)日本経済短期大学を亜細亜大学短期大学部と改称2004年(平成16年)アジア夢カレッジ2009年(平成21年)経営学部ホスピタリティ・マネジメント学科を開設2012年(平成24年)国際関係学部多文化コミュニケーション学科を開設2016年(平成28年)都市創造学部都市創造学科を開設2017年(平成29年)亜細亜大学短期大学部を廃止2019年(令和元年)亜細亜大学アジアンスタディーズプログラム(AUASP)開始2023年(令和5年)経営学部データサイエンス学科を開設2025年(令和7年)都市創造学部を改組し、社会学部現代社会学科を開設2026年(令和8年)健康スポーツ科学部健康スポーツ科学科を開設交換留学制度を開始「フレッシュマン・イングリッシュ」を開講―キャリア開発中国プログラム―(AUCP)開始亜細亜大学韓国プログラム(AUKP)開始初代学長・太田耕造は、「自己を助ける者は自己なり、自己こそ最上の助け主なり」「自助は独立に通ず」「協力の花は自助の根から」と述べました。「自助」とは、一人ひとりがしっかりとした自己を確立し、それぞれの道を切り拓くこと。真の「協力」とは自立した人間同士の協力関係であると説いているのです。太田耕造は、このような精神を身につけた誠実な人材を育成して、アジア全体の発展に貢献することを建学の使命としました。複雑化するグローバル化の現代においても、その精神は脈々と受け継がれています。明治22年、福島県生まれ。苦学の末、東京帝国大学法学部を卒業。その後弁護士から貴族院議員となり、平沼内閣では内閣書記官長(現在の官房長官)、終戦時の鈴木内閣では文部大臣を歴任。敬□なクリスチャンでもあり、教育の重要性を説き、実践し続けた人格者でした。永 綱 憲 悟 亜 細 亜 大 学 学 長亜細亜大学が大切にしているのは、学生ファーストの精神です。教職員による丁寧なサポートはもちろん、学生が学部・学年を超えて学び合い、主体的に行動できるような環境を整えています。失敗を恐れぬ挑戦こそが、学生生活を楽しく豊かなものにするからです。本学の建学の精神「自助協力」に則り、学生生活において、まずは「自立心」を養ってください。自立し、価値を生み出す者として成長する過程で、多くの挫折を経験することになるでしょう。その苦闘こそが、将来の確かな糧となります。そのうえで、「アジア力」「行動力」「共創力」を伸ばし、人々をつなげ、社会をより良くする人材として羽ばたいてほしいと思います。誰もが伸び伸びと過ごせるこの学び舎で、皆さまが自分自身の「楽しい」を切り拓いていくことを期待しています。本学が重視するこの3つの力は、今後の社会で不可欠なものばかりです。あらゆる人と交渉・協力するために、グローバルな視野を身につける。自分の信念に沿って積極的にまず行動する。そして、異なる意見も取り入れてより良いアイデアに高める。この3つの力を身につけることで、アジア圏をはじめとして世界で活躍できる人材になれるでしょう。125126アジア 力 / 行 動 力 / 共 創 力初 代 学 長 太 田 耕 造[ 建 学 の 精 神 ] 自 助 協 力[アジア力] 文化や言語など、さまざまなアジア地域を体験した学生の力[ 行 動 力] 失敗を恐れず、積極的に行動・挑戦する姿勢[ 共 創 力] 異なる意見も受け入れ、より良い答えをつくり出す力も っと 楽 し い 大 学 へ「楽しい」を見つけるのはあなた自身。自立する力こそが未来を拓く。
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